こんにちは。mochioです。
困っている人学校の勉強って、社会に出てから何の役に立つんだろう。
受験なんて、正直しんどいだけじゃないの?
勉強する意味、ちゃんと納得したうえで頑張りたい。
この記事はこんな人におすすめの記事です
- 受験や勉強の意味に疑問を持ったことがある方
- 林修さんの教育論に興味がある方
- 受験勉強を控えている、または振り返りたい方
私も高校生のときになんで勉強するのかが分からず、よく思っていました。
今回はそんな疑問に、人気塾講師・林修先生の著書「受験必要論」から答えをもらいつつ、理系大学院出身の筆者mochio自身の経験も交えて紹介していきます。
こんにちは。mochioです。



学校の勉強って、社会に出てから何の役に立つんだろう。
受験なんて、正直しんどいだけじゃないの?
勉強する意味、ちゃんと納得したうえで頑張りたい。
この記事はこんな人におすすめの記事です
- 受験や勉強の意味に疑問を持ったことがある方
- 林修さんの教育論に興味がある方
- 受験勉強を控えている、または振り返りたい方
私も高校生のときになんで勉強するのかが分からず、よく思っていました。
今回はそんな疑問に、人気塾講師・林修先生の著書「受験必要論」から答えをもらいつつ、理系大学院出身の筆者mochio自身の経験も交えて紹介していきます。
本の概略


| 発行日 | 2013年10月4日 |
| 著者 | 林修 |
| 出版社 | 集英社 |
| ページ数 | 224 |
著者:林修
1965年生まれ、愛知県出身。東京大学法学部卒業後、日本長期信用銀行に入行するも5カ月で退社。
その後、予備校講師の道に進み、東進ハイスクールの現代文講師として活躍。
「いつやるか?今でしょ!」のフレーズで一躍知られるようになりました。
受験が必要であると説明する前に
受験は贅沢品である
受験とは、そもそも贅沢なもの。
受験をしなくても、食事や睡眠はできる。
経済的に受験ができない家庭がある中で、大学へ挑戦させてもらえること自体が贅沢であり、取り組むなら真剣に向き合わなければいけない、という指摘です。
受験のデメリットは偏差値以外の物差しがないこと
社会が偏差値以外の「物差し」を用意していないため、受験の勝者が全人的に優れていると錯覚させ、敗者を不当に低く評価してしまう。
これが受験のデメリットだと林先生は指摘しています。



社会人になると痛感するけど、偏差値だけで人間の価値が決まるわけじゃないのに、当時はそれが全てだと思い込んでたフシがある。
受験が必要であるという理由
社会に出て必要なものは創造と解決であり、受験で培われる
林修先生は、社会に出て必要なものは「創造」と「解決」だと言います。
理系は「いかに新しいものを生み出していくか(創造)」、文系は「社会で起きている問題を解決する必要がある(解決)」。
社会に出ると受験とは違い、答えが一つではない問題を解かなければなりません。
大学受験と大学での勉強で、答えのない問題を解くための基礎を作ることができるのです。
答えのない問題を解くための基礎を作る方法は「暗記」ではない、と林先生は述べます。
「自分がわかるための方法を考えることが大事で、そこに至るまでのわからない時間が尊い」。
考えることが受験勉強とその後の人生には大切なんですね。
理系大学院で研究していた頃を振り返ると、これはかなり実感があります。
実験や計画が予想通りに進まないことばかりで、軌道修正の繰り返しだった。
たとえばちょっとした計算ミス一つで結果が狂って、そこからどう修正するか頭をひねる、みたいなことが日常茶飯事。
当時は「なんでこんな地味な作業を…」と思ってたけど、答えのない問題にとりあえず手をつけてみる力って、今の仕事や人生でも効いてる気がしますね。
16-18歳で1つのことに打ち込むことは大切
「大人として自立する手前の年齢である16-18歳で一つのことに打ち込むことが大切であり、もちろんそれが受験でなくともよい」と林先生は述べています。
受験とは、大人になる1歩手前で、自分は一つのことにどれくらい打ち込める人間なのか、一つのことに打ち込んで結果を残せるのか自信を得るための制度なのです。
1つのことに打ち込めれば、それが受験でなくてもよいということですね。
林先生は、フィギュアスケートの浅田真央選手や野球の大谷翔平選手を引き合いに出し、1つのことに打ち込んだ人間は精神的に成熟できると言っています。



受験勉強じゃなくても、こういう「1つのことに打ち込んだ経験」が今の自分の土台になってる実感はありますね。
競争の原理からは逃れられない
現在の学校教育の現場では競争を嫌う傾向がありますが、現実は悲しいほど競争にあふれています。
自然界のシステムでは「生存競争」「自然淘汰」「適者生存」の3つに支配されています。
人間だけがこの原理から逃れることは不可能であり、生きることは競争なのです。



受験も生存競争のひとつなんですね。
これも当時は「なんで比べられなきゃいけないんだ」って思ってたけど、社会に出てから振り返ると、競争そのものから逃げるより、どう向き合うかを学べたことのほうが大きかった気がする。
感想
高校生の頃、まさに「なんでこんな勉強してるんだろう」と思っていたタイプだった。
受験なんて、正直しんどいだけの通過儀礼だと思っていた時期もある。
でも理系の大学院まで進んで研究生活を経験し、今こうして仕事や日常を過ごしていると、林先生の言う「受験は必要」という主張には、素直に共感できる部分が多い。
特に「創造と解決」は、研究室での地味な試行錯誤を思い出させてくれた。
受験そのものが目的ではなく、受験を通して身につく「わからないことに向き合う力」が本質なんだと、この本を読んで腹落ちした。
受験生の頃の自分に伝えたい。



今やってるその地味な作業、無駄じゃないぞ!
以上!mochioでした!
受験が必要であると説明する前に
受験は贅沢品である
受験が必要・不必要を説明する前に、受験とは贅沢なものです。
受験をしなければ、食事をすることも、睡眠をすることもできないなんてことはなく、受験は全ての人に必要なのかは疑わしいことです。
経済的に受験ができない家庭がある状況なかでも、大学へ挑戦させてくれるなんて贅沢であり、取り組むのなら真剣に向き合わなければいけません。それが受験なのです。
受験のデメリットは偏差値以外の物差しがないこと
現在の社会があらゆる大学入試の偏差値以外の「物差し」を用意していないため、受験の勝者が全人的に優れていると錯覚させ、敗者を社会的に不当に低く評価してしまうことが、受験のデメリットです。
そのため、あなたをあらゆる角度から評価できる「物差し」が社会には必要です。
受験が必要であるという理由
社会に出て必要なものは創造と解決であり、受験で培われる
林修は社会に出て必要なものは創造と解決であると言っております。
- 理系
-
いかに新しいものを生み出していくか 【創造】
- 文系
-
社会で起きている問題を【解決】する必要がある
この2つです。
社会に出ると受験とは違い、答えが一つではない問題を解かなければなりません。
大学受験と大学での勉強で、答えのない問題を解くための基礎を作ることができるのです。
答えのない問題を解くための基礎を作る方法は「暗記」ではありません。
林修先生はこうも述べております。
「自分がわかるための方法を考えることが大事で、そこに至るまでのわからない時間が尊い」
考えることが受験勉強とその後の人生には大切なんですね。
16-18歳で1つのことに打ち込むことは大切
「大人として自立する手前の年齢である16-18歳で一つのことに打ち込むことが大切であり、もちろんそれが受験でなくともよい」と林先生は述べております。
受験とは、大人になる1歩手前で、自分は一つのことにどれくらい打ち込める人間なのか、一つのことに打ち込んで結果を残せるのか自信を得るための制度なのです。
なので、1つのことに打ち込めれば、それが受験でなくてもよいということですね。
林先生は、フィギュアスケートの浅田真央選手や野球の大谷翔平選手を引き合いに出し、1つのことに打ち込んだ人間は精神的に成熟できると言っております。
競争の原理からは逃れられない
現在の学校教育の現場では競争を嫌う傾向がありますが、現実は悲しいほど競争にあふれております。
自然界のシステムでは
- 生きるために競争する「生存競争」
- 生存競争で不利になったものは排除される「自然淘汰」
- 生存競争で有利なものは生き残る「適者生存」
この3つに支配されております。
人間だけがこの原理から逃れることは不可能であり、生きることは競争なのです。なので受験も生存競争のひとつなんですね。
最後に(本を読んだ僕からひと言)
この記事では、林先生の受験に対する考え方について触れました。
僕だけでなくみなさんも、高校生や大学生のとき、何のために勉強しているんだろう・・・なんて思ったりしませんでしたか?
この本を高校生や大学生の方が読んでいただければ、受験勉強や勉強の目的が分かってきて、勉強に対する姿勢も変わってくるのではないでしょうか?
以上!mochioでした!
本の概略


| 発行日 | 2013年10月4日 |
| 著者 | 林修 |
| 出版社 | 集英社 |
| ページ数 | 224 |
著者:林修
1965年生まれ、愛知県出身。東京大学法学部卒業後、日本長期信用銀行に入行するも5カ月で退社。
その後、予備校講師の道に進み、東進ハイスクールの現代文講師として活躍。
「いつやるか?今でしょ!」のフレーズで一躍知られるようになりました。
受験が必要であると説明する前に
受験は贅沢品である
受験とは、そもそも贅沢なもの。
受験をしなくても、食事や睡眠はできる。
経済的に受験ができない家庭がある中で、大学へ挑戦させてもらえること自体が贅沢であり、取り組むなら真剣に向き合わなければいけない、という指摘です。
受験のデメリットは偏差値以外の物差しがないこと
社会が偏差値以外の「物差し」を用意していないため、受験の勝者が全人的に優れていると錯覚させ、敗者を不当に低く評価してしまう。
これが受験のデメリットだと林先生は指摘しています。



社会人になると痛感するけど、偏差値だけで人間の価値が決まるわけじゃないのに、当時はそれが全てだと思い込んでたフシがある。
受験が必要であるという理由
社会に出て必要なものは創造と解決であり、受験で培われる
林修先生は、社会に出て必要なものは「創造」と「解決」だと言います。
理系は「いかに新しいものを生み出していくか(創造)」、文系は「社会で起きている問題を解決する必要がある(解決)」。
社会に出ると受験とは違い、答えが一つではない問題を解かなければなりません。
大学受験と大学での勉強で、答えのない問題を解くための基礎を作ることができるのです。
答えのない問題を解くための基礎を作る方法は「暗記」ではない、と林先生は述べます。
「自分がわかるための方法を考えることが大事で、そこに至るまでのわからない時間が尊い」。
考えることが受験勉強とその後の人生には大切なんですね。
理系大学院で研究していた頃を振り返ると、これはかなり実感があります。
実験や計画が予想通りに進まないことばかりで、軌道修正の繰り返しだった。
たとえばちょっとした計算ミス一つで結果が狂って、そこからどう修正するか頭をひねる、みたいなことが日常茶飯事。
当時は「なんでこんな地味な作業を…」と思ってたけど、答えのない問題にとりあえず手をつけてみる力って、今の仕事や人生でも効いてる気がしますね。
16-18歳で1つのことに打ち込むことは大切
「大人として自立する手前の年齢である16-18歳で一つのことに打ち込むことが大切であり、もちろんそれが受験でなくともよい」と林先生は述べています。
受験とは、大人になる1歩手前で、自分は一つのことにどれくらい打ち込める人間なのか、一つのことに打ち込んで結果を残せるのか自信を得るための制度なのです。
1つのことに打ち込めれば、それが受験でなくてもよいということですね。
林先生は、フィギュアスケートの浅田真央選手や野球の大谷翔平選手を引き合いに出し、1つのことに打ち込んだ人間は精神的に成熟できると言っています。



受験勉強じゃなくても、こういう「1つのことに打ち込んだ経験」が今の自分の土台になってる実感はありますね。
競争の原理からは逃れられない
現在の学校教育の現場では競争を嫌う傾向がありますが、現実は悲しいほど競争にあふれています。
自然界のシステムでは「生存競争」「自然淘汰」「適者生存」の3つに支配されています。
人間だけがこの原理から逃れることは不可能であり、生きることは競争なのです。



受験も生存競争のひとつなんですね。
これも当時は「なんで比べられなきゃいけないんだ」って思ってたけど、社会に出てから振り返ると、競争そのものから逃げるより、どう向き合うかを学べたことのほうが大きかった気がする。
感想
高校生の頃、まさに「なんでこんな勉強してるんだろう」と思っていたタイプだった。
受験なんて、正直しんどいだけの通過儀礼だと思っていた時期もある。
でも理系の大学院まで進んで研究生活を経験し、今こうして仕事や日常を過ごしていると、林先生の言う「受験は必要」という主張には、素直に共感できる部分が多い。
特に「創造と解決」は、研究室での地味な試行錯誤を思い出させてくれた。
受験そのものが目的ではなく、受験を通して身につく「わからないことに向き合う力」が本質なんだと、この本を読んで腹落ちした。
受験生の頃の自分に伝えたい。



今やってるその地味な作業、無駄じゃないぞ!
以上!mochioでした!









